モンブラン
バスでレズーシュまで行き、そこからロープーウェイでベルビューへ。その後、登山電車で1駅上がる。
通常であればニゲーグルまで上がれるが、工事中で手前の駅まで。
登山道からのシャモニ
今日はテートルース小屋までなので、ゆっくり上がり昼過ぎに到着。
ちょっと時間的には早いが、みんなしてるので、自分たちも受付に行きチャックイン。
受付で小屋の予約台帳を覗き込むと 「 nico japanese 2 」 とあり、nicoですか?と聞かれる。
しかしnicoではないので、違うと答えると、小屋の主人は、
それじゃぁ、君たちの予約は入っていない・・・
いやいや、昨日電話で予約入れた!
そんなはずはない!今日の予約は4日前からいっぱいだった。
昨日、電話に出た女性が see you tomorrow と確かに言った。
それでも、台帳に載っていないので、ベットがない。食堂で寝るなら泊まれる。
値段は?毛布は?
67ユーロ(通常価格)で、毛布なし。
いやいや、それはないでしょう!
自分は納得がいかず、電話に出た女性を出してくれと言ったが、Nさんは諦めたようで、しょうがないよ。と食堂泊で受付を済ませる。
食堂でしばしの間、ふて寝し、予約なしで食堂泊なら、グーテ小屋まで行って、グーテ小屋で食堂泊にしませんか?等話したが、グーテ小屋まで行って、食堂泊も出来なかったら最悪だし・・・
そんな感じで食堂で、ぼ~としていると、年配の日本人が話しかけてきて、昨日グーテ小屋からモンブランを登り、今日テートルースまで下山。ここで1泊して明日シャモニまで下山するとの事。
ガイド登山とのことで、nicoというグループ名ですか?と聞くが、違うらしい。自分たち以外にもあと2名日本人が泊まるのか、とその時は思い、ルート状況などをあれこれ聞き、教えていただく。
夕食前になり、Nさんから、もう一度nicoがチェックインしてるか聞いてみる?この時間で着ていなければ、あのnicoは自分たちの事じゃないかな?大体日本人の名前でnicoなんていないよね?となり、受付に行くと、昼にはいなかったおかみさんらしき人が受付しており、「ああ、昨日電話くれたjapaneseのnicoね!」と・・・自分の名前をどこでどう聞き間違えるとnicoになるのか分からないが、予約が取れていたことに安堵。
ネットでの予約は面倒くさいが、証拠が残るのと反面、電話予約は融通が聞くが、聞いた、聞かないがあるので、どっちが良いものか?
一番はフランス語ペラペラなのが間違いないのだが・・・
年配の日本人の方と日本人ガイドとは夕食も同席。昨日のグーテ小屋は最悪だったようで、予約を取っていない登山者で溢れかえり、ガイド部屋の床まで人がごろ寝している状態で、深夜まで予約なしの登山者が入ってくる状態に、とうとう小屋の主人が切れたらしく、「もう俺は一切英語は話さない!これからはフランス語でしか話さないから良く聞け!今から点呼するから名前のない奴は今すぐ小屋から出て行け!」と夜中の2時に始まり、これに対しちゃんと予約して泊まっているガイド達からは逆に主人に文句を言いと、まったく睡眠が取れない最悪な一夜だったとの事です。
明日は、テートルース小屋~グーテ小屋~モンブラン~モンモディ~ミディの長丁場。ベットに寝れる有難さを感じつつ眠りにつく。
( N )
シャモニ
グリンデルワルト、ツェルマットは観光の町に感じたが、ここシャモニは登山の町?
行きかうクライマーの目がちょっと違っていました。
若いお姉ちゃんが、ザイルをザックにくくり付け、シャツの袖をまくり上げ、フランスパンをかじりながら歩いている姿は、かっこよかったです。
今日はまず、保険加入の為、教会横にある「山の家」へ。
若いお姉ちゃんが、ザイルをザックにくくり付け、シャツの袖をまくり上げ、フランスパンをかじりながら歩いている姿は、かっこよかったです。
今日はまず、保険加入の為、教会横にある「山の家」へ。
教会と山の家
無事保険加入も終わり、明日からのモンブランの為、グーテ小屋の予約をお願いしたが、グーテ小屋の予約はネットのみで、アドレスを教えてくれるのみ。しかも、たぶん今から明日の予約は無理だろう・・・のようなことを言われ、テートルース小屋の電話番号も教えていただく。
基本的に、スイスもフランスも小屋の手配を麓で代行してくれるところはなく、全て各自での予約依頼のようです。
早速、ネットが使える店に入り、グーテ小屋にアクセスするが、山の家の担当者が言っていた通り満室。仕方がないのでテートルース小屋に電話をするが、こちらも満室のようで、初めは断られる。
ただ、ネットと違い電話だと、日本から来ていて・・・、なんとか泊まれないものだろうか・・・?などと食い下がることが出来、「ちょっと待っていて」の後、「OK!See you tomorrow」 と言って頂き、小屋の手配も完了し一安心。
保険については現地入りする前に日本から加入するべきだったが、小屋については天気の関係もあるので、難しいところです。
キャンプ場から、明日登るモンブランを眺めつつ、意外に近そう?などと思いながらシュラフに入る。
( N )
( N )
ツェルマット
ちょっとは天気が回復することを期待いていたが、今日も雨。
キャンプ場に戻り、服を着替えると、乾いた服の肌触りにやっと落ち着くことが出来ました。
昼からはツェルマットの町へ繰り出す。
Nさんはツェルマットの町の失敗はジャンクフードの「M」を受け入れたことだ。とその存在が納得いかないようでしたが、自分はというと、スイス入りしてから、ほぼ、酒と野菜とパンの生活だったのでNさんに内緒でハンバーガーを食いまくってました。
ヨーロッパの人たちはあくせくせず、各々のペースでのんびり暮らしているように見え、羨ましくなります。
( N )
( N )
マッターホルン
小屋には大きく、「3時まで起きるな!」 「3時半朝食」と書いてあったのに・・・
3時半に朝食に向かうと、既にほとんどが出発済み。
朝食は?と小屋の人に聞くと、もう出ているので全てと言われ、残飯整理の朝食に、何なんだ?マッターホルンは!とNさんと顔を見合わせてしまいました。
人の食い残した食パンをほうばり4時前出発。表に出ると、先頭パーティーのヘッドライトはかなり上のほうで光っており、どう考えても3時前に出ているだろう。
取り付き部に着くと既に渋滞待ち。
出だしはフィックス有りのⅢ級ぐらいの岩稜なので、ロープなしで取り付く。
その後もソルベイ非難小屋までロープの必要性は感じず。ソルベイ小屋まで2時間半のまずまずのペースで。
ソルベイ小屋からもⅢ級ぐらいが続きそうだが、小屋からの出だしにハーケンが打ってあり、ガイドもヌンチャクを掛けて登っている。一番怖いのが落石。当たって気を失いそのまま下まで・・・なので、ここからロープを着けるが、一気にペースダウン。
ソルベイ小屋からもⅢ級ぐらいが続きそうだが、小屋からの出だしにハーケンが打ってあり、ガイドもヌンチャクを掛けて登っている。一番怖いのが落石。当たって気を失いそのまま下まで・・・なので、ここからロープを着けるが、一気にペースダウン。
ソルベイ小屋から3時間半、10時に山頂へ。
つかの間の山頂を満喫したのち、天気が崩れそうなので早めに下山。
上部は懸垂の方が早そうだったので、懸垂するが、ちょうど30mおきに支点があり、この山行用に買った60mザイルが初めて役にたちました。
ソルベイ小屋から下は歩いて下山するが、なぜが東壁側へ行ってしまい、ルートを見失う。
ガスが掛かっていなかったのが救いで、登山道を見つけ正規のルートに戻るが、またいつの間にか東壁側に迷い込んでしまい、登り返してと、時間をやたら要してしまい、とうとう雷、雨に打たれる。
結局7時間も下山に掛かってしまいましたが、登りの時と違い、周りを見渡しても自分たちだけの山に、ある意味静寂なマッターホルンを感じることが出来ました。
ヘルンリ小屋に着いた頃には、既にロープーウェイの最終は出た後。日が長いので、がんばれば麓までは歩いて帰れる時間だったが、びしょ濡れの体にヘルンリ小屋に逃げ込んだのが最後、ビールをあおってしまい、そのまま連泊。
2泊目は天気も悪く、客が少なかったので、新館にのびのび泊まることが出来、金に物を言わせた2泊3日のマッターホルンになりました。
6年前、自分が山に目覚めた頃、マッターホルンの写真を初めて見て、山の形の美しさにいつか登りたい!と思い、周りのベテランクライマーからは条件が揃えばマッターホルンは誰でも登れるし、麓の靴屋の太ったオヤジさんでも登れる山などと言われながらも、登りたい気持ちは変わらず、今回目標を叶える事ができました。
「登った人が全て一流登山家ではないが、一流登山家と言われている人の多くがマッターホルンを登っている。」
誰の言葉か忘れましたが、その通りの良い山でした。
( N )
マッターホルン
早く行っても特にやる事はないが、麓にいてもやることがないので、朝一のロープーウェイでマッターホルンの基点、シュバルツゼー・パラザイスへ。
マッターホルン
そこからゆっくり3時間かけヘルンリ小屋へ。
小屋に着くと観光客含め、多くの人で賑わっていました。
昼前の到着だったので、小屋の表で山を眺めていると、麓からヘリが。
どうやら事故が遭ったようで、自分たちが着いてからだけでも2件の事故があり、ヘリが慌ただしく行ったり来たりしておりました。
小屋に着くと観光客含め、多くの人で賑わっていました。
昼前の到着だったので、小屋の表で山を眺めていると、麓からヘリが。
どうやら事故が遭ったようで、自分たちが着いてからだけでも2件の事故があり、ヘリが慌ただしく行ったり来たりしておりました。
午後になり、チェックインするが、天気が崩れる前の晴天とあって、多くの登山者が明日登るようで、2棟ある小屋の内、新しい棟にはガイド&クライアント、古びた暗~い棟には観光客やガイドレス登山者と、わが会のMガイドも知らないであろうヘルンリ小屋を垣間見ることが出来ました。
その後小屋から10分程の取り付き部を確認し、夕食後早めの就寝。
取り付き部
( N )
ツェルマット
今日はアイガー南西壁を予定していたが、昨日下山時、ユングフラウヨッホに勤める日本人と雑談したところ、南西壁は昔のアイガー一般ルートだが、今は岩の風化が激しく、落石が多いので、取り付く人も少なくなっていて、あまり話を聞かないし、ましてや同ルート下降は・・・?などといろいろと話を聞く。
確かに自分たちが参考にした資料も20年以上前の物。
南西壁を登った後も、同ルート下降が難しいと、南アイガーヨッホ経由となるが、全然調べてないので、想像もできず。
敗退覚悟で取り付く案も出たが、週末のツェルマットの天気予報が悪いので、その前にマッターホルンへ。で話がまとまりアイガーはリサーチ不足と言うことで次回に延期することに。
実のところは、天気、日程のせいにしているが、話を聞いて、腰が完全に引けてしまいました・・・
朝から、グリンデルワルト~ツェルマットへ移動。
昼頃に到着。
駅から200mのキャンプ場にテントを張り、ヘルンリ小屋へ予約の電話を入れ、その後はダラダラと。
( N )
駅から200mのキャンプ場にテントを張り、ヘルンリ小屋へ予約の電話を入れ、その後はダラダラと。
( N )
ユングフラウ
3時半の朝食にあわせ起床。
メンヒスヨッホ小屋の朝食は、ユングフラウ組が3時半、メンヒ組が7時から。
この日は10パーティー程がユングフラウに取り付くようで、朝食を済ませたパーティーから出発。
暗闇の中、一度ユングフラウヨッホまで戻り、雪原を歩いて取り付きへ。雪原は2,3箇所クレパスがあったが、締まった雪にトレース有りと、特に問題なし。
取り付いてしばらくすると日が出始め、歩いていると暑いほど。
昨日はビールを飲みすぎてしまい、ビールの利尿作用もあり、完全に脱水症状になってしまい、かなりのスローペース。
途中20m程の雪壁を越え、11時頃山頂へ。
昨日はビールを飲みすぎてしまい、ビールの利尿作用もあり、完全に脱水症状になってしまい、かなりのスローペース。
途中20m程の雪壁を越え、11時頃山頂へ。
昨日のメンヒはかなり体調が良かったが、今回はバテバテ。
登山の前日は禁酒と反省しつつ下山。
( N )
登山の前日は禁酒と反省しつつ下山。
( N )
メンヒ
いよいよ登山活動へ。
まずは朝一で郵便局へ。
登山者センターでもらった保険会社 rega の振込用紙に、センターお勧めのプランの金額30フランを振り込む.。スイス国内有効で保険期間も振り込み日から1年と金額面では激安だが、登山者センターお勧めという以外、細かい保険内容は全てドイツ語で書かれているため不明。ただ日本出発前に読んだ色々なHPをみると、多くの人がこの保険に入り、アイガー、メンヒ、ユングフラウなどを登っているので、一部の不安を抱えつつも右に習えで良しとする。
グリンデルワルトから登山電車を乗り継ぎ2時間弱でユングフラウヨッホへ。その後1時間弱穏やかな雪道を歩き、メンヒスヨッホ小屋へ。
小屋で軽く休憩した後、メンヒへ。
メンヒは技術的にはそれほど難しくなく、高度順応も兼ねての登山でしたが、自分にとっては初の海外サミット。山頂では感極まるものがありました。
下山後は小屋に着くなり自分はビールを飲みまくり沈。2人とも夕食の19時間を完全に寝過ごし、慌てて食堂に行くも、すでにデザートタイム。
途方にくれていると、従業員のNさんが、今から2人分作ってあげますよ!と作っていただき、色々と面倒を掛けてしまいました。
Nさんは去年から7.8月のみメンヒスヨッホ小屋で働き、それ以外は北アの笠が岳山荘で働いているとの事なので、お礼かたがた、秋にでも山荘泊で笠が岳に行きたいところです。
( N )
途方にくれていると、従業員のNさんが、今から2人分作ってあげますよ!と作っていただき、色々と面倒を掛けてしまいました。
Nさんは去年から7.8月のみメンヒスヨッホ小屋で働き、それ以外は北アの笠が岳山荘で働いているとの事なので、お礼かたがた、秋にでも山荘泊で笠が岳に行きたいところです。
( N )